ものづくりのプライドを、
家族と、仲間と取り戻してきました。
父は鞄をつくる職人で、母も作業を手伝う家族経営のランドセル工房が私の家でした。父からは「お前はこんな仕事をやらないほうがいい」と子どもの頃は言われており、実際、仕事が減って、母は別の訪問販売の仕事をして家計を支えていました。だから私も鞄の仕事を継ぐつもりはなく、19歳から海外を放浪したり、輸入や営業の仕事をして、商売を独学しながら自分の生き方を模索していました。 でも、24歳のとき、母から、とうとう鞄づくりの仕事がなくなって困っていると連絡がありました。帰国してみると、母の表情から経済的に苦しい様子がわかって、これは自分がなんとか家族を幸せにしなくてはと、入社して手伝うことにしました。 ただ、全国の鞄屋をまわれば、あなたのお父さんはすごく腕がいいと言われる。父がつくるものより明らかにクオリティで劣る鞄が、海外製だというだけで売れている。苦しさの要因は父の腕が悪いのではなく、マーケット環境や、営業力の不足だと気づいたんです。それからは、私が新しい販路をつくるなどして懸命に仕事を増やしていきました。父以外にも、仕事がなくプライドも失われかけていた人がたくさんいることがわかって、父の後輩の職人たちにも会社に入ってもらって、この人たちと一緒にものづくりができる世界をつくりたいと思うようになりました。直販を始めて、お客様が喜んでくださる声も聞こえるようになると、父が言ったんです。「この仕事をしていてよかった」と。自分たちの技術を伝えなければと、職人たちが若い人も入れて育てるようになったんです。これはすごくいいことができているんじゃないかと感じました。30歳の頃です。会社の規模が大きくなっていくと方向性を迷うこともありましたが、やっぱり、やりたいことは、そこだよなと。日本のものづくりを変える。つかい手もつくり手も豊かにする。集まった仲間と苦しいも楽しいも分かち合って目標に向かうのが私は気持ちいい。こんな仕事、やらないほうがいいと言われていた自分が、まさか今、こうなっているとは想像もつかなかった!
株式会社 土屋鞄製造所 1965年創業。
創業者・土屋國男氏。東京都足立区の小さな工房からスタート。現社長の成範氏が、直接、顧客に価値を伝える直販に注力すると、高品質なランドセルが広く知られ、日本を代表するランドセル・鞄メーカーに。国内外に店舗を展開。社員数約650人。ミッション、ビジョン、バリュー、スピリットの策定をパラドックスが支援。